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43話 具象の真実と膨らむ不安

last update 最終更新日: 2025-06-11 14:30:01
「《聖痕保有者(スティグマ)》は具象で出現させた物体及び自然物の操作を……」

 その一文を読み上げて、キルシュはその続きに書かれた、各属性の自然物についてさらりと読み上げる。

「そういえば、キルシュちゃんって古典文学と語学が得意なのよね……さすがね。私は少しの単語しか拾えなかったの」

 そこから分かったものだけを拾い上げ、なんとなく解読したのだと。そして実際にやってみたら、できてしまったと。そんな風に説明すると、シュネはキルシュの肩に手を置いて一緒になって本を覗き込む。

「ねぇ、他にどんな事が書いてあるの?」

「ちょっと待ってくださいね」

 興味津々にシュネが訊くので、キルシュはその続きを読み始めた。

 能有りがクレプシドラによって選出されたとは先程も書かれていたが、その固有の力──権能の発現比率などについても記載されていた。

 火・水・木の属性。この三つから氷、光、磁力、重力など、多種多様なものが派生しているそう。

 主体となる火と水の属性を持つ者は権能者の中では最も多いが、木の属性は少ない。

 その理由は、この権能は唯一命を芽吹かせるからと……。

 命を生み出す。それ故か、この権能を持つ者は女性だけで出現率が少ないのだと。

 しかしその次の一文に目を通し、キルシュは震えた。

 唯一、命を生み出す事ができるその権能は、自然植物の命を奪う事ができるのだと。衰退の枯死の具象。木の属性──草花の権能は最も美しく、最も醜い。

 言葉に発する事もできなかった。キルシュは目を見開いたまま青ざめた。

 脳裏に過ってしまった。この森一帯を枯らす自分を。命を吸い上げ、青々とした針葉樹が褐色に染まり、生命を失っていく様を。

「……キルシュちゃん?」

 そんな様子に見かねたのだろうか、シュネはキルシュの顔を心配げに見る。

「私の力……枯らす事ができるみたいです……」

 唯一、命を生んで育み、命を奪う権能。

 そう付け添えた直後、シュネは何も言わず、キルシュを抱き寄せた。

「ごめんなさい。私、想像力が乏しすぎた」

 ──ごめんなさい。とシュネは今一度謝るが、キルシュはすぐに首を振るう。

 シュネは自らの話題で、失意に落としたと思ったのだろう。当然そこに悪意や裏など無いのは理解できる。

 キルシュ当人でも想像できなかった事だ。当事者でないシュネが想
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